[ シギリヤロック編 ]

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シギリヤロック(その1:水の広場周辺)

シギリヤの歴史について…カーシャパ1世は、王家の血をより濃く引く弟が王位につくのを恐れ、477年父である王を監禁して王の座につき、弟はインドに逃亡しました。カーシャパは父に財産を求めましたが、父は池をさし「これこそが財産」として引き渡さず、結局父を殺しました。そして弟の復讐を恐れて、アヌラーダプラからシギリヤに都を移し、岩の上に王宮を築きました。この地でカーシャパは父を殺してしまった罪を償うため、寺院や病院を建設します。父が示した水の大切さも理解し、一帯に水の設備を敷きました。そんな中、弟の軍がこの地に攻め入り対決、カーシャパの象が沼に足をとられたのを軍隊が退却と誤解し撤退してしまいます。不利に傾いたカーシャパは自害し、シギリヤの都は11年で幕を下ろします。
周囲を囲むハスの水路。
かつてはワニがいたとも…。
シギリヤロックの入口。
7時に開門。
水の広場のどこからでも、シギリヤロックが見えます。
長〜いパノラマ
巨大な貯水池、王の沐浴場。 広場内には川が流れていました。
川の終端は貯水設備。 かつての噴水も残っています。
1500年前のものとは思えない灌漑施設。
水の広場と岩の上の設備は
つながっています。
朝一番、まだ静かなシギリヤ。
大きな写真
説教の岩場。 象のかたちをした
エレファントロック
大きな一枚岩の上に築かれた
謁見場。
その隣にある、瞑想の場
アサナ礼拝堂。
コブラの岩。 岩の下に洞窟があり、天井に
フレスコの装飾が残っていました。
円形の施設。結構存在感はありますが
手元の書籍には載っておらず、
ガイドさんも何か知りませんでした。
ストゥーパ跡…という表示が
ありました。

次は、
シギリヤロックを登ります

ぷろろーぐその1:水の広場周辺その2:岩の中腹までその3:ライオンの入口から王宮跡へその4:シギリヤ・レディその5:カワセミたち

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