[ パキスタン・シンド州編 ]

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タッタのマックリー・ヒル(その1)

インダス川のデルタ南部に位置するタッタは、14〜18世紀に交易都市として栄えました。18世紀半ばにはペルシアに滅ぼされてしまいますが、15kuの面積を誇るタッタのマックリー・ヒルには、3つの王朝(サンマー・アングン・ムガール)時代の王や聖者など100万を超える人々の墓が残っています。イスラム世界の中でも最大級のネクロポリス(墓地)で、1981年、タッタの歴史的建造物は世界遺産に登録されています。(廟の名前を載せていますが、名前の発音が曖昧だったり、情報源によって微妙に名称が違ったりして、確実ではありませんのでご容赦を(汗)
マックリーヒル最大、ミールザー・イーサー・ハーン廟。
1644年建造。宮殿のようですが、内部には墓が安置されています。
大きな写真(96KB)
墓の入口。 ドームと墓。
柱と壁には細かい幾何学模様が刻まれています。
職人の技術の高さが伺える透かし窓。
今回、2階に上がる扉の鍵を開けてもらえました。 2階の回廊。
2階からディワーン・シュラファ・ハーン廟を望む。 1階からみると、どっしりとした安定感があります。
ディワーン・シュラファ・ハーン廟。 内部の墓。ペルシア語が書かれています。
蛇使いのおじさん。
笛に合わせてコブラがヒラヒラ。
「えっ、これで終わり?!」という
反応をわたしたちがしていると...
ヘビとマングースのバトルも披露。
ほとんどマングースが勝つのですが、
負けてしまったときはしばらくショーが
できなかったとか。しかし、マングースの
無邪気さはなにげに恐ろしく...。
次は
タッタのマックリー・ヒル(その2)

ぷろろーぐモヘンジョダロ(城砦地区)(市街HS/VS地区)(市街DK地区)(博物館など)タッタのマックリーヒル(その1)(その2)ジャーミ・モスクチャウクンディコート・ディジサッカルハーラデコトラ食事

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