[ 大久野島と広島・平和記念公園 ]

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大久野島の砲台跡


大久野島には、現在は廃墟となった戦前・戦中の施設があります。島内に点在する砲台は、日清戦争後、広島と呉を守るための要塞(芸予要塞)として設置され、北部・中部・南部に22門の大砲が置かれていました。(⇒大久野島マップ(環境省)
■中部砲台跡
中部砲台は、日露戦争前、旧陸軍によって造営。
地下兵舎には、ロシア製の赤レンガが使用されています。
ここにもうさぎが…。 アーチのある入口。
白く塗装された内部。ちょっと涼をとることができました。
砲台跡。丸いところが大砲の設置場所で、当時の姿がよく残っています。
28cm大砲は第一次世界大戦のときにはずされ、中国・旅順に運ばれました。
■北部砲台跡
24cmの大砲が置かれていた跡。 地下兵舎跡。
砲側庫跡が、砲台中央と両側にあります。
砲側庫の間の台には、12cmの大砲が各2門、計4門置かれていました。
■南部砲台跡
南部には8門の砲台がありましたが、現存するのは4門です。
3か所の中で、もっともこじんまりとしています。
大砲が設置されていた場所。
12cm大砲なので、台もコンパクト。
周回路から砲台跡を見下ろす。

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