[ 上野・国立博物館&美術館めぐり編 ]

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東京国立博物館・平成館(弥生時代)

食べ物を自然から受ける狩猟・採集が中心の縄文時代から、食べ物を自分たちで作る農耕が中心の弥生時代になると、機能面に優れた土器が増えて、縄文文化の魅力だった装飾性の高い土器や土偶はほぼ姿を消してしまいます(T_T)

「弥生」は東京都文京区弥生で発掘されたこの時代の土器が「弥生式土器」と呼ばれたことが由来ですが、弥生文化のスタートは九州地方です。大陸から九州へ入ってきた水稲耕作はまず西日本に広がり、東日本へ伝わっていきました。西日本からの出土品も一気に増えます。

今までこの時代の出土品は個性をあまり感じず関心を持てなかったのですが、このときは平成館でたっぷり時間をとったので、弥生時代の前でもちょっと立ち止まって見ることにしました。

弥生時代は前期(前4〜前3世紀)、中期(前2〜前1世紀)、後期(1〜3世紀)にわけられています。最近では、水稲耕作が始まった時期が放射性炭素年代測定法でわかってきていて、九州で水稲耕作の始まった縄文時代晩期、前10世紀からを「弥生時代早期」とすることもあるようです。トーハクでは、従来の時代分類(おもに土器の様式)により展示・紹介されています。
左2点が福岡県出土の壷と甕、左4点が大阪市平野区瓜破出土の壷と甕(手前は蓋)。
壷(口が閉じている方)は貯蔵用、甕(口が広がっている方)は煮炊き用。
このシンプルで機能的な土器は、九州発祥の遠賀川(おんががわ)系土器として
各地に広がりました。福岡と大阪、離れているけど形はかなり似ています。
弥生時代前期。
弥生時代中期、九州北部で流行した「須久式土器」。
模様はほとんどないですが丹塗りの赤い色彩が美しい。
回転台も使われるようになり、均整のとれたかたちになっています。
壷と甕に加えて、ワイングラスのような高杯、蜀台のような器台が登場しています。
普段用ではなく、まつり用の土器。ほかの土器との「出来」の違いを感じました。
福岡県夜須町東小田七板出土。
大阪・船橋遺跡出土の水差形土器。
全面に櫛状のものでつけた模様
(櫛描文)が施されています。
縄文土器を踏襲している
群馬・岩櫃山遺跡出土の土器。
人骨とともに発見され、大型のものは
棺であったと考えられています。
弥生時代中期。
弥生時代後期、より地味になった
福岡県出土の壷と甕。
同じ時期でも愛知では華やかな
土器が発掘されています。
(本館のページにて紹介)
外縁付鈕2式銅鐸(国宝)。
動物などの絵が描かれています。
伝香川県出土。弥生時代中期。
大きな写真

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