[ 南イタリアの古代都市・ポンペイ編 ]

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ポンペイの公共建築(ヴェスヴィオ山噴火、フォロ)

79年にヴェスヴィオ山が噴火しその火山灰に埋まった町ポンペイは、当時の暮らしがそのまま閉じ込められたタイムカプセル。18世紀に発掘調査が始まり、今も続けられています。 (★:特別展ポンペイでの撮影写真)
ポンペイで訪れた、今回紹介のスポットをGoogleマップ上に配置しました!
■百年祭の家
★バッカス(ディオニソス)とヴェスヴィオ山
(百年祭の家)
噴火前のヴェスヴィオ山を描いた画。
バッカスはブドウ酒の神で、山には
ブドウ畑があったそうです。

ポンペイから望むヴェスヴィオ山
フォロからはヴェスヴィオ山がよく見えます。
正面に山が二つあるように見えますが、
山頂部分は噴火でなくなった姿です。
「バッカスとヴェスヴィオ山」の
フレスコ画が見つかった家のアトリウム。
ワインの経営者なら納得の豪邸です。
紀元前2世紀築。ポンペイの壁画には第1から
第4まで4つの様式があり、ここには
一番古い第一様式の空間がありました。
床ではポンペイ犬が涼んでいます。
■ポンペイ遺跡の発掘調査
火山灰の中の人が風化しできた空洞に
石膏を流し込んだもの。
頭蓋骨や歯が残っているのがすごい。
表情がなんとも苦しそうです。
★女性犠牲者の石膏像
1875年にとられた、若い女性の石膏像。
左手にあるのは、溶けた遺物の塊。
発掘されたものがところ狭しと並べられています。
出土品の中でも(食べ物、飲み物を入れる)壺は圧倒的に多い印象。
公共建築とインフラ
■フォロ(フォルム)
宗教、政治、経済の中心、フォロ全景。
広場には市場が並び、馬車禁止の歩行者天国でした。
★フォロの日常風景(ユリア・フェリクスの家出土)
ユピテル神殿(ジュピター神殿) フォロに残る柱廊。
広場三面を囲んでいました。
ヴェスパシアーノの神殿
皇帝崇拝のための神殿。
紀元62年の地震後に建立。
柱廊の後ろは屋根付きの市場、マチェッルム。
商店が並んでいた光景が目に浮かびます。
マチェッルムの中庭 第4様式のフレスコ画が残る
■エウマキア館
エウマキアはヴィーナスの神殿の
巫女だったとされ、毛織物の事業を
していた夫から引き継いだ建物。
毛織物の職人が捧げた
エウマキアの像。
■アポロ神殿
フォロの一角にあるアポロを祀った神殿。
当時アポロがそこまで崇拝されていたわけではなく、
紀元前6世紀頃からこの地にあったようです。
右手にはアポロの像。 48本のコリント式の柱に囲まれていた。
■バシリカ
バシリカは商業の中心地で、フォロ最大で最古級、
面積1500m2、紀元前130-20年頃建設の建物。
バシリカは取引や商談の場。 柱は大理石ではなくレンガ造り。
次は 公共建築(浴場と競技場)

プロローグ公共建築(フォロ)公共建築(浴場と競技場)信仰と神々(その1)信仰と神々(その2)豪奢な邸宅(その1)豪奢な邸宅(その2)人々の食と社会(その1)人々の食と社会(その2)番外:ヴェッティの家

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